縄文時代には、屈葬が行われていました。身体を曲げた状態で埋葬するやり方です。屈葬は一部のアフリカの地域を除いて、日本以外ではあまり見られない独特なスタイルです。屈葬は「胎児と同じような体勢をとらせることで死者の復活を願ったもの」と言われています。他にも、墓穴を掘る労力を少なくするためという説もあります。屈葬されている遺体の中には石を抱いていたり縛られたりしている遺体が多いことから、「死者の霊が浮遊しないように身体を曲げた状態で埋葬していた」というのが最有力な説とされています。縄文時代には、アクセサリーなどの装飾品も多く出土しており、私たちが考えるよりも、はるかに平和で豊かな時代であったと考えられています。
縄文人はあらゆる自然現象を霊的な存在として敬っていました。アニミズムとして知られる自然崇拝の考え方は、人間も自然の一部であるというスタンスで日常を送るわけですから、祈りや儀礼が多く行われていた時代です。狩猟の成果を祈ったり、雨が降るように祈ったり、祈りが儀礼として日常的に行われていた時代と考えられています。縄文時代には、土偶もたくさん作られました。土偶が何を表現したものか定説はありませんが、遺跡で発見される場合に、必ず頭や手足など体の一部が壊されていることから、病気や怪我の治癒を目的として儀礼が行われていたと考えられます。同じ土偶のかけらが別々の場所から発見されることが多いのは、何かしらの儀礼で使用したものと考えられます。そうでなければ、わざわざバラバラに配置することはまずありえません。このように、縄文時代には素晴らしい精神文化がすでにそこにあったことがわかっています。縄文時代の墓地は、集落内部の広場あるいは、集落に近接した場所に設置される場合が多く、決して死者を忌み嫌う対象として見ていなかったこともわかります。屈葬という弔い方に関しても、単にスペースや労力の問題よりも、何か儀礼における精神的な思いが隠されていると考えるほうが自然なのかもしれません。
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