●トップページ>チャプター05:スピリチュアルの視点から見た散骨>先祖供養をしている家は発展する?(0152)
お坊さんに「1周忌、3回忌などの年忌法要(追善供養)は必ず必要ですか?」と質問したところ、「発展している家は先祖供養をちゃんとしている」との回答をもらったことがあります。年忌法要の規模や意味合いは、地方やご家庭、寺院側の考えによって異なるものです。確かに法事を執り行うことで、先祖を思い出すことができますし、自分の命を先祖のおかげだと感謝することもできます。ですが、それは、法事をすること自体がメリットをもたらしているとは言い切れません。浄土真宗の開祖である親鸞は、自分の父母の葬式さえ執り行わなかったそうです。お墓参りをしたり、法事をしたりすることは先祖供養の方法であることは確かですが、そういった行為によって「見えない物にも感謝をすること」や「誰かに感謝すること」など、自分自身の心の清らかな状態を取り戻すことに起因しているのかもしれません。
スピリチュアルの世界でも、「感謝を忘れると、物事がうまくいかなくなる」と言われています。大切な人が病気になったり、自分自身の身体が調子悪くなったり、商売が上手くいかなくなったりするものだと言われています。子供に恵まれないご夫婦が先祖供養したことで、子供を授かったという話も実際に多くあるようです。私たちは、ついつい生きてる人の心は考えても、すでに亡くなった人の心は考えないものです。でも、そうではないらしいです。亡くなった人も物質的に存在しなくなっただけで、心はそこにあると考えるべきなのだそうです。
要するに、「感謝を忘れるとうまくいかないよ!」ということのようです。確かに、感謝を忘れて、自己中心的な考え方になると、他人に対する自分の言動は気付かぬうちにぞんざいなものになってしまうものです。感謝の気持ちを伝えなくなると、相手はもう手を差し伸べてくれなくなるかもしれません。人は誰しも、自分が大切にされたいと思っているものです。相手からその気持ちが感じられなくなると、どうでもよくなるものです。逆に考えれば、「常に周りの人に大切にしているということを伝え続ければ、自分の環境は改善していくので、どうせならやったほうがいい」ということなのでしょう。
神社に行くと鏡がありますが、「自分に向き合うことで自分の心を自分でしっかりと直視してください。」という意味があるそうです。全てのものが神であるという神道の考え方も、自分さえよければそれでいいという利己的な考えにならないようにすることが人生をうまくいかせるコツのようですね。人も神だという神道の考えは、「神も人も同じ心を持っている」という意味です。私たちが神様だったら、どうせだったら自分に感謝してくれる人を応援しようという考えになるのは当たり前のことです。仏教ではすべての出来事が「因果の道理」によるものだと説明されます。原因と環境が結果を生じさせているというのが「因果の道理」です。自分の行動パターンと周りの環境がそろえば、そこに何かしらの結果が生じると説明されます。プラスの結果もマイナスの結果も「因果の道理」によるものだそうです。「感謝をすることの大切さを学ぶこと」は、どんな時代にも忘れてはならない大切なことなのでしょう。先祖にも、家族にも、周りの人たちにも感謝を忘れないようにしたほうがよさそうですね。
【散骨山】は、湘南の森と海の散骨自然葬。「森に散骨する自然葬」は、日本古来からの由緒正しい葬送方法。「海に散骨する自然葬」は、海流に乗って地球を旅する散骨方法です。散骨自然葬は、世界的な潮流です。【散骨山】のすべてのプランは、その後の管理が要らない永代供養です。ご遺族さまに現地で立ち会っていただきセレモニーを執り行う【立ち会い散骨プラン】をおすすめしています。こちらのプランでは、後日いつでも自由に【墓参】ができますから、今までのお墓のように利用できます。散骨セレモニー立ち会わずに弊社にお任せいただく【個別散骨代行プラン】では、後日散骨の様子を写真で確認していただくことができます。最もリーズナブルな【合同散骨代行プラン】では、山林散骨または海洋散骨をお選びいただき、すべてお任せください。いずれのプランも、お近くの郵便局からゆうパックで送るだけです。ご不明な点はお気軽にお問い合わせください。
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