自分でできるDIY散骨ガイド:花さかじいさんのポータルサイト
 
chapter01 chapter02 chapter03 chapter04 chapter05 chapter06 chapter07 chapter08 chapter09 chapter10
 
●トップページチャプター04:仏教や神道など宗教からみた散骨お釈迦様も生まれる前は動物だったという話(0022)
 
 
 
 
 
★チャプター04:仏教や神道など宗教からみた散骨

 
【お釈迦様も生まれる前は動物だったという話】
 
 
 
【お釈迦様も生まれる前は動物だったという話】
 

お釈迦さまの前世について少し触れてみたいと思います。多くの仏教典籍には、牛、象、鳥、昆虫などの生き物のエピソードが記されています。その中の『ジャータカ』には、牛にまつわる説話があります。

【黒牛の恩返し】
昔、中インドのカーシ国の都バーラーナシー近くの村に一人の老婆が住んでいました。ある時、旅人がやってきて老婆の家に一晩泊めてもらったものの、お金の持ち合わせがなく、代わりに1頭の子牛を置いていきました。一人暮らしの老婆はこの牛をわが子のようにかわいがり大事に育てました。子牛は日に日に大きくなり、やがて毛並みの美しい黒牛に成長しました。黒牛は美しいうえにおとなしく行儀が良かったので、村の人気者になりました。

幸せな日々を送りながら黒牛は、「おばあさんはお金持ちでもないのに、今日まで苦労しながら育ててくれた。なにか恩返しができないだろうか」とばかり考えるようになりました。そんなある日、500台の荷車を率いた商隊が村を通りかかりました。川の渡し場を渡ろうとしましたが、川の流れが速く川底もひどくでこぼこで、荷車を引いていた牛たちは、すっかり疲れきって前へ進もうとしなくなりました。困った商隊主は、若々しい立派な黒牛を見るなり、あの牛なら荷車を向こう岸に運ぶことができると思い、村人に飼い主を尋ねました。村人は、飼い主はここにいないが、渡し場を渡るくらいなら黒牛を使ってもさし支えないでしょうと答えました。商隊主は黒牛に向かって話しかけました。「お前さんが全ての荷車を向こう岸まで引いてくれたら、1車につき2金、500車で千金払おう」黒牛はしばらく考えてから体を動かし始め、次々に荷車を引いて向こう岸に渡したのでした。商隊主は約束どおり大金の入った包みを黒牛の首に結びつけました。

老婆の家に着いた黒牛は力仕事をしたせいで目は血走り、息も荒く、ひどく疲れていました。その様子に驚いた老婆が黒牛に歩み寄り、体をさすってやろうとしたところ首の包みに気づき、開けてみると千金もの大金が出てきました。心配した老婆はおろおろして村の人々に聞いて回りました。さっきの出来事を見ていた村人が事のいきさつを伝えました。「おばあさんが一生懸命かわいがってくれるのがうれしくて、お礼がしたかったんだろうよ」これを聞いた老婆は急いで家に帰り、黒牛の体を丁寧に洗ってきれいにし、力のつく食べ物をたくさん食べさせ、「お前の気持ちだけでわたしは十分うれしいんだよ。お礼なんか考えずに、いつまでも元気でわたしのそばにいておくれ」こう語りかけながら、黒牛の体をさすってあげました。それからも老婆と黒牛は、実の母子以上に仲睦まじく、幸せに暮らし続けたといいます。

【この話からわかること】
インドには、仏教が興る以前から生き物は死んでから一定の期間が過ぎると、再びこの世に戻ってくるという考え方「輪廻転生」という思想がありました。次の世に何に生まれ変わるかは、生前の行為にもとづくとされていて、「善業によって善きものになり、悪業によって悪しきものになる」という説が仏教以前に成立したバラモン教の聖典に記されています。

お釈迦さまは王子として生まれる前、さまざまな生き物として生まれ変わり、幾度となく善行を積んだ結果、ブッダ(覚者)となりました。このお話に登場する黒牛はお釈迦さまの前世の姿であり、困窮する老婆を助ける善行によって、恩に報い功徳を積みました。ここでは、人々をあわれみ、楽しみを与え、苦しみを取り除く「慈悲」という仏教の根幹の教えをあらわしています。

参考引用:浄土宗新聞 牛にまつわるお話
https://jodo.or.jp/newspaper/special/2142/

 
 
 
自分でできるDIY散骨ガイド:花さかじいさんのポータルサイトへの広告掲載
 
昼の山林散骨パッケージ
【昼の山林散骨パッケージ】
 
夜の海洋散骨パッケージ
【夜の海洋散骨パッケージ】
 
散骨プラン比較
【散骨プラン比較】
 
 
 
自分でできるDIY散骨ガイド:花さかじいさんのポータルサイトへの広告掲載
 
日本全国墓じまいガイド
 
【湘南の散骨自然葬・日本全国から受付中!】
 
【散骨山】は、湘南の散骨自然葬。「森に散骨する自然葬」は、日本古来からの由緒正しい葬送方法です。「海に散骨する自然葬」は、海流に乗って地球を旅する散骨です。散骨自然葬は、世界的な潮流です。【散骨山】のすべてのプランは、その後の管理が要らない永代供養です。ご遺族さまに立ち会っていただいて現地で弔いセレモニーを執り行う【立ち会い散骨プラン】のほか、立ち会わっていただかずに個別でセレモニーを行い、後日散骨の様子を写真で確認する【個別散骨代行プラン】や、弊社にお任せいただいてまとめて弔いを行わせていただく最もリーズナブルな【合同散骨代行プラン】がございます。遺族が立ち会う山林散骨プランでは、後日自由に【墓参】もできますから、お墓のように利用できます。【散骨山】のプランは、郵便局から送るだけです。【墓じまい】したら、郵便局から遺骨をお送りください。日本全国に対応しています。その他、各種サービスがございます。家族割引や生前予約などの終活関連サービスもございます。
 
⇒外部リンクページを開く
湘南の散骨自然葬なら【散骨山】
【散骨山】
年中無休/24時間受付/相談無料
電話:0467-40-6964
 
 
 
 
 

 
 
自分でできるDIY散骨ガイド:花さかじいさんのポータルサイトへの広告掲載
 
 
散骨山 さんこつやま
 
 

 
 
葉山の谷戸へ山林散骨

【葉山の谷戸へ山林散骨】

葉山の散骨場所は、住宅街から、すぐそばまで車で乗り入れできます。山と山に挟まれた扇状の台地を「谷戸」と言いますが、住宅地のドン突きに位置しており、そこから奥に入っていくと原生林が広がっています。取り囲む山が風を遮りますから、強風が吹き荒れることもなく、いつも穏やかな雰囲気があります。手つかずの自然林が広がる散骨場所は、森戸海岸までも、徒歩で歩ける距離ですが、奥まっているため、人が訪れることもほぼありません。近くには、絶景スポットとしても有名な「あじさい公園」があり、葉山の海や街が一望できます。夕日がとっても美しく瞬間を独り占めできます・・・
⇒外部リンクページを開く
 
 

 
 
横須賀の林へ山林散骨
【横須賀の林へ山林散骨】
【横須賀の散骨自然葬】は、「山林に散骨する永代供養の自然葬」になります。【合同散骨代行プラン】では、ご遺骨をお預かりさせていただき、弊社で責任をもって山林散骨をさせていただきます。【個別散骨代行プラン】では、遺影写真とご遺骨をお預かりさせていただき散骨を弊社にて行わせていただき、後日写真で散骨の様子をご確認いただくプランです。【立ち合い散骨プラン】は日時を設定してご遺族さまにお立合いいただいて散骨セレモニーを執り行うプランです。【立ち会い散骨プラン】の場合には、その後のお参りも自由にしていただくことができますから、一般墓のような感覚でご利用いただく・・・
⇒外部リンクページを開く
 
 

 
 
逗子の森へ山林散骨
【逗子の森へ山林散骨】
江ノ島や富士山が望める風光明媚な見晴らしの良い散骨スポットです。軽く登山する感覚で現地にたどり着きます。住宅地を抜けてから山道を30分ほどかけてたどり着く場所になります。ハイキングのお好きな方にはおすすめできますが、山歩きに慣れていない方にはあまりお勧めできません。こちらの絶景スポットは、風通しもよく林の中に日差しが木漏れ日となって降り注ぎます。カラっとした健康的なエリアで薄気味悪さやじめっとした感覚は全くありません。絶景が望めるだけあって近くにハイキングコースがありますが、ほとんど人が通りませんので、とても静かで、風の音くらいしか・・・
⇒外部リンクページを開く
 
 

 
 
大磯の山へ山林散骨
【大磯の山へ山林散骨】
大磯は、神奈川県の中央南部に位置しており、南に相模湾、北に高麗山や鷹取山をはじめとした丘陸地帯が広がっています。気候は海岸沿いに流れる暖流の影響で温暖で、避暑地かつ避寒地として1年を通して過ごしやすい環境が特徴のエリアです。大磯は、明治中期から昭和初期にかけて、要人の避暑・避寒地として邸宅や別荘が多く建てられ、伊藤博文、吉田茂をはじめ、山縣有朋、西園寺公望、大隈重信、陸奥宗光、岩崎弥之助、安田善次郎といった政財界の要人の別荘が立ち並んだ土地です。現在も、高級別荘地が存在している大磯ですが、国道1号を初め、JR東海道本線、西湘バイパス、国道134号、小田原厚木道路(国道271号)・・・
⇒外部リンクページを開く
 
 

 
 
小田原の森へ山林散骨
【小田原の森へ山林散骨】
小田原市の散骨スポットは、入生田エリアにあります。入生田は箱根登山電車の駅ですが、JRの湘南新宿ラインで小田原から乗り継いだり、小田急ロマンスカーで周小田原から乗り継ぐことで、都心からアクセスに便利なスポットであると言えます。新宿駅からの所要時間は2時間から2時間半かかりますので、ちょっとした小旅行になりますが、十分に日帰りで墓参のできる場所と言えます。周辺には神奈川県立生命の星・地球博物館や神奈川県温泉地学研究所など研究・展示施設のほか、展望の良い石垣山一夜城歴史公園があります。そのほか、武家・華族だった小田原藩主稲葉一族の墓所や、3代将軍徳川家光の乳母であった春日局・・・
⇒外部リンクページを開く
 
 

 
 
箱根の森へ山林散骨
【箱根の森へ山林散骨】
観光地として名高い箱根ですが、関東有数の観光地としているのには、いくつもの理由があります。温泉や美術館、博物館だけでなく、箱根関所や箱根神社など、歴史が感じられるスポットもあります。箱根の商店街には、明治時代からあるような重厚感のある建物があったり、レトロな和洋折衷の建物があったり、街並み自体に趣があります。おいしいグルメも多く立ち並び、箱根観光はなかなか1日では回り切れないほどの観光スポットがあります。箱根は周囲を山々に囲まれた地形で、四季ごとにそれぞれ違った自然の景色を見せてくれるのも魅力的です。散骨スポットのある大平台エリアは、箱根登山鉄道沿線のアジサイ・・・
⇒外部リンクページを開く
 
 

 
 
相模湾の海へ海洋散骨
【相模湾の海へ海洋散骨】
日本で最も有名な観光地として知られる「湘南の海」に散骨する海洋散骨です。湘南近辺に広がる相模湾には、多くの有名人も散骨されています。石原裕次郎さん、石原慎太郎さん、沢村貞子さん、いずみたくさん、深浦加奈子さんなど、たくさんの有名人・著名人が散骨されています。湘南の海には、本人の希望で散骨された場合が多く、今後ますます盛んになると考えられています。海洋散骨は、特に海が大好きだった故人を弔う場合が多く、細かいパウダー状になったご遺骨は、海流に乗って世界中を旅することになります。少し寂しい感じがしますが、新たな旅立ちとして故人を見送ってあげると考えて海に散骨する・・・
⇒外部リンクページを開く
 
 

 
 
東京湾の海へ海洋散骨
【東京湾の海へ海洋散骨】
歴史的にも散骨スポットとして実績があるのが東京湾です。東条英機氏など太平洋戦争の英霊たちが眠っているのも東京湾です。温暖な気候で知られる三浦半島の沖合で散骨するプランです。有名人では2010年に芸能リポーターの梨本勝さんが東京湾に散骨されたことはよく知られています。海が好きだったらしく、クルーザーも所有されていたそうです。海洋散骨は、特に海が大好きだった故人を弔う場合が多く、細かいパウダー状になったご遺骨は、海流に乗って世界中を旅することになります。少し寂しい感じがしますが、新たな旅立ちとして故人を見送ってあげると考えて海に散骨するケースが多いようです。弊社の海洋散骨は、夜の・・・
⇒外部リンクページを開く
 
 

 
 
 
 
chapter01 chapter02 chapter03 chapter04 chapter05 chapter06 chapter07 chapter08 chapter09 chapter10
 
自分でできるDIY散骨ガイド:花さかじいさんのポータルサイト
【自分でできるDIY散骨ガイド】
花さかじいさんの自然葬情報ポータルサイト

Copyright (C)【HANASAKAJISAN】2024-